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ホルモンマジック

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〜 アンバランスの罪 〜

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12 むなしく過ぎ去る時間

 

 下垂体腫瘍卒中前後でホルモンバランスが激変したことで様々な影響が表れた。病理的には上記の諸症状があげられるが、4年後の今振り返ってみて最も悔やまれることは、貴重な時間がむなしく過ぎ去ったことである。脱力感に耳鳴りが加わって集中力が著しく欠如した結果であった。耳鳴りは退院6ヶ月頃から始まって今も なお続いている。

 

 術後2年間はまともに仕事できず、まるで抜け殻状態であった。外見的には健常者と変わらないことから「怠け病になったと勘違いされるほど家族や周囲の人の理解を得にくい」と主治医に聞いた。

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 家族と一緒に生活していたらおそらく私も誤解を招いたであろうが、単身赴任生活を続けたことで直接聞くことは避けられた。反面それ故に2年もの長時間を必要としたのかも知れないが、どちらが良かったのか定かではない。

 

 その後比較的仕事に集中できるようになり、もう少しで以前並みの効率が回復できるところまできた。しかし4年後にハプニングが起きた。

 

 回復に自信を強めて徹夜するなど仕事に無理を重ねた。時間がおしくて診察予約を2週間延長し、その間に甲状腺ホルモン用薬チラージンを切らしてしまった。

 その影響が如実に表れて甲状腺機能低下症が顕著になり、またしても抜け殻状態に陥ってしまった。

 

 徹夜など無理を重ねたことも影響したのか、投薬再開後も仕事に集中できないむなしい時間を過ごす羽目になった。

 このことによって不本意ながら、仕事先や恩人にご迷惑をおかけしたことは痛恨の極みであり、改めて心よりお詫び申し上げます。

 

 そんななかで、生命上最も重要とされる副腎皮質ホルモン用のコートリルは予備で間に合ったのがせめてもの救いであった。

 薬を切らさないようにと主治医にきつく注意され、自らも肝に銘じた。

 初冬には大分回復して活動再開したがこのような事態は2度とごめんだ。幸いにもこの状況を家族が理解してくれて単身生活に終止符を打ち、東京で同居することにした。とりわ無理を聞いてくれた妻と娘には感謝が耐えない。

 

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