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〜脳神経外科〜

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2 悶々の術後

 

 集中治療室の記憶がほとんどないなかで「個室と共同部屋のどちらを選びますか」と聞かれたことを覚えている。個室は差額ベッド費用が1日1万8千円〜8万円くらい(?)と聞いたように思う。私は共同部屋を選んだが、緊急手術のため何ら事前説明を受けていないことに加えて意識が明確に戻っていない時の質問は酷だった。

 

 やがてベッドごと移動したが6人の共同部屋を認識できるまで結構時間を要した。3ベッド2列の部屋で片方の中央ベッドに私は寝ていた。移動した直後はおそらくカーテンで遮断されていたのであろう。

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 ベッドの傍らに妻と兄の姿を確認した後どのくらい経ったか分からないが、病院に私を運び込んでくれた友人ともうひとりの友人の2人が様子伺いに来てくれた頃から記憶が戻った。

 

 しかし卒中の影響かどうかはわからないが、その後2〜3日は頭がボーとして食欲も全くなかった。手術後3日目くらいだったと思うが、術後の状況確認のためにMRI検査が行われた。30分くらいの撮影時間中、頭を動かしてはならないのだが私はそれを守ることができなかった。体がきつくて同じ姿勢を保つことができなかったのである。当然ながら撮影はブレて不鮮明なカットが多く、後日再撮影を余儀なくされた。

 

 優れない気分は1週間くらい続き変な夢も見た。一生懸命計算式を解いているかと思うと抽象画を書いている夢もあった。見舞いに来たひとりの友人にそれを話すと「左脳と右脳が交互に回復したのではないか」などと言っていたが真偽は定かでない。

 

 急な右眼失明も憂鬱の大きな原因であった。最初は命の代償だと自ら納得しようとするが後悔しきりである。活字をみても同じ列や行を何回も繰り返し追ったり、すぐ疲れて、まともに読むことができない。ひょっとしたら仕事もできないのではないかと焦り、枕を濡らすことがしばしばだった。

 

 頭痛と便秘が憂鬱に拍車をかけた。頭痛は時折襲ってきた。ある日、卒中時のような激しい頭痛に見舞われ、たまらずナースコールした。髄液が少し漏れたように後日聞いた。幸いにも適切な処置で大事に到らず、時間とともに徐々に頭痛が治まりだした。

 

 便秘はひどかった。共同部屋移動後2〜3日目だったであろうか、下腹部がゴツゴツして憂鬱感が頂点に達していた。振り返れば入院前から続いていたから1週間あまりにもなる。看護婦さんに浣腸処置してもらうも不完全だった。しかし慣れた看護婦さんで助かった。「私が指で掻きだしますから」と言って強制処置してくれて楽になった。

 

 副鼻腔術痕への影響を避けるために“いきめない”ことも便秘に拍車をかけたと思う。そしてその後も頻繁にこの苦しみが襲うことになった。

 

 ある夜、「頭を横にして寝てください」と看護婦さんに頭を動かされた。いびきがうるさいと同部屋の人たちからクレームが出たのである。いびきを自分でコントロールできない辛さを痛感した。

 

 いびきだけに限らず、容態不安定で同部屋の人にかなり迷惑をかけたようである。できれば術後数日は個室で過ごして、容態安定後に共同部屋に移る方が良かったと反省している。

 

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